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2006.06.28

伊藤礼『こぐこぐ自転車』平凡社

 往来堂書店で立ち読みするまで、伊藤礼という人のことを知らなかった。伊藤整という小説家の息子で大学の先生をしていて、今は退官して悠々自適。自転車に乗って走り回っているらしい。
 その自転車乗りのエッセイを立ち読みして、語り口の面白さにしびれた。
 どういう面白さなのかというと、うまく伝わるか心もとないが、努力してみる。

 6台目だかの自転車を買いに、自転車屋にやってきた。伊藤礼氏は目星をつけた、名のあるマウンテンバイクにさりげなく近寄り、店員の説明を聞く。フロントフォーク(車輪をささえる二股の部品)に、衝撃吸収ダンパーが着いていて、片方が油圧式で片方が空気式だという説明を受けて、
「そのことを知って、何かを思い出しかけたのだが、思い出せなかった(大意)」
 と、書き、自転車の塗装が2色がグラデーションになっていて、それを見て、
「これを見て連想したものがあったが、こちらのほうは思い出せた。タラバガニの足である(大意)」このあとタラバガニの脚の色についてひとしきり。
 といった感じの語り口である。
 とぼけたというか、アンチクライマックスというか、シャギードッグストーリーのようなユーモアがある。私はシャギードッグタイプの小話が無性に好きなのだった。
 伊藤礼氏が小説家であれば、きっとトリストラムシャンディのような小説がかけるのではないかと、読みながら考えたのだった。しかし、今のご時世にトリストラムシャンディのような小説を書いても、あまり売れないだろうとも思うのだが。

 しびれたわりに買わなかったのは、図書館でほかの作品を探してから、と、考えたからだった。
 新刊の『こぐこぐ自転車』は置いていなかったが、『狸ビール』『まちがいつづき』『パチリの人』といったエッセイ集を置いてあった。伊藤礼氏は、いろいろと凝り性のほうらしく、鳥猟に囲碁にと、凝りまくった結果が一連のエッセイになっているらしかった。
 というわけで、こちらのほうを借り出して、読み散らかしている間に、『こぐこぐ自転車』も入庫していたのはうれしい誤算だった。うれしくない誤算は、タイミングを逸して、予約を入れたときには20人待ちぐらいになってしまったのだった。
 ほかのエッセイを読むと、やはり有名小説家の息子、というのはいろいろと忸怩たる思いがあるらしく、初期のエッセイは『こぐこぐ自転車』ほどとぼけていなくて、苦みや辛みもあるエッセイだった。
 さて、いよいよ『こぐこぐ自転車』であるが、やはり面白かった。中でも最後の北海道旅行の話は、平均年齢67才の功なり名遂げた紳士4人が道東のツーリングを行う顛末記である。淡々と書かれていて、しかも短いのではあるが、これは『ボートの三人男』である。アンダーステイトメントな、という条件付きではあるのだが。いや、楽しかった。

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コメント

あっ!!!これ!!!!!
そうそう,「こぐこぐ自転車」,私も読みたかったんですよ!!
そぉ~だ,こぐこぐ自転車っていう題だった…。
この本,週間ブックレビューっていうNHKの番組で取り上げられていて,面白そうだったので読んでみたかったのですが,次の日には題名を忘れてしまったという情けない因縁があります(^^;)。
もともと「容疑者Xの献身」やら「ダビンチコード」やら「スープ・オペラ」もこの週間ブックレビューがきっかけで,週間ブックレビューで興味のあるものは未だハズレがないです。たたき上げの読書家の厳選オススメ本だからでしょうか。
さっそく「こぐこぐ自転車」,図書館で予約しよう…(^^)。

投稿: さとか | 2006.06.29 12:56

NHKの番組は見たことがないですが、おすすめ本はけっこう良い趣味(笑)。
「こぐこぐ自転車」は面白いです。

 上の文章に補足すると、アンダーステイトメントというのは、ことさらに控えめに叙述する語り口で、たとえば、北海道旅行の中では、自分たちの自転車を駐車場からかってによそに移動したホテルのフロントに怒鳴り込む場面があるのです。
 普通だったら、現在進行形で描写して、怒りをたぎらせた一行の口ぶりやら、フロントののらりくらりとした言い逃れやらをおもしろおかしく描写したくなるところです。
 ところが、伊藤礼氏はそういう書き方はしないのです。
 何事もなかったかのように、問題のホテルを出発し、さらに数日の描写を行い、自転車の駐車場所についてちょっとした事件があったときに、
「そうそう、それで思い出したんだが、このあいだ泊まったホテルでもこんなことがあったんですよ」というような語り口で、結構、怒り爆発してしまうようなエピソードを披露するのです。
 なんでわざわざ時間を経たせて、事件の鮮度を落とす工夫をしてまで、こういうもってまわった語り方をするわけはなんなんでしょうね。やっぱりフロントでの立ち回りみたいな事件を書くのは照れがあるからなんでしょうか。結局、エッセイというのは語り口を楽しむもので、語り口は人柄に支えられているものでしょう。
 もちろん、人柄がいいということではなくて、読んで面白い人柄、という意味ですが。

投稿: massay | 2006.07.01 12:37

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